大判例

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東京高等裁判所 平成7年(ネ)4829号 判決

控訴人

秋山光男こと

宋春東

右訴訟代理人弁護士

仲田信範

被控訴人

進藤博

右訴訟代理人弁護士

黒川厚雄

主文

一  原判決中、甲事件に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、別紙物件目録一及び二記載の各建物を明け渡し、かつ平成六年五月七日から右目録一記載の建物の明渡済みまで一か月金六万円、右目録二記載の建物の明渡済みまで一か月金五万円の各割合による金員を支払え。

二  原判決中、乙事件に関する部分を取り消す。

乙事件に関する控訴人の請求中、金三四三万六五一八円の請求に係る部分(甲事件において相殺の自働債権として主張された債権に係る部分)の訴えを却下し、その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、甲事件については第一、二審とも控訴人の負担とし、乙事件については第一、二審を通じてこれを八分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  控訴人

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

(乙事件)

一  控訴人

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は、控訴人に対し、金七〇三万六五一八円及び内金六六三万六五一八円に対する平成四年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり補正、付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目裏二行目の「原告は、」の次に「控訴人に対し、」を加え、同一〇行目の「同月二一日以降」から同一一行目の「割合による」までを「同月一二日から建物一の明渡済みまで一か月金六万円、建物二の明渡済みまで一か月金五万円の各割合による」に改める。

2  同五枚目表八行目の「自動」を「自働」に、同九行目の「受動債権とする相殺の」を「受働債権として、対当額で相殺する旨の」に、同裏六行目の「各支払の事実は認める。ただし、」を「被控訴人が右各期日に各金員を受領したこと、その他に坂井から坂井貸金につき三六〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余は否認する。平成五年一二月一六日の四〇万円は当時における本件賃貸借契約の延滞賃料八八万円の一部として控訴人から受領したものであるが、そのほかの金員はすべて控訴人から受領したものではない。」にそれぞれ改める。

3  同六枚目表二行目末尾の次に行を改め、「よって、控訴人は、被控訴人に対し、不当利得返還請求権に基づき過払分である金七〇三万六五一八円及び内金六六三万六五一八円に対する平成四年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める。」を加える。

第三  証拠関係

原審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  甲事件について

1  請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

2  控訴人は、平成六年一〇月三日に相殺の意思表示をしたことにより本件賃貸借の未払い賃料債務が消滅し、被控訴人の契約解除権は消滅した旨主張するが、被控訴人と控訴人との間の本件賃貸借は、右相殺の意思表示がなされた日以前である同年九月一九日の経過とともに、賃料不払いを理由として適法に解除されているから、解除後にされた右相殺の意思表示が、解除の効力になんら影響しないことは明らかである。

3  そこで、控訴人の相殺の抗弁について判断する。

(一)  被控訴人が訴外坂井に対して金員を貸し付けたことは当事者間に争いがないところ、右貸付日は、平成三年六月一一日ころであり、元金一〇〇〇万円で、利息月三分の約定であったことが認められる(甲四、乙五、被控訴人本人)。控訴人は、被控訴人は坂井に貸し付けたのは、平成三年七月二二日ころで、元金は五〇〇万円、利息月六分の約定であった旨主張し、右主張に沿う供述をするが、(乙六の1、2、控訴人本人)、前掲各証拠に照らし右供述は採用できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

(二)  被控訴人が控訴人主張のとおり合計九三〇万円の金員を受領したことは当事者間に争いがなく、右九三〇万円のうち、平成四年三月一一日の一八〇万円、同年八月二七日の三〇万円及び同年一一月一八日の六五〇万円は、控訴人が坂井貸金に対する弁済として支払ったものであることが認められる(乙二、三、五、控訴人本人、被控訴人本人。)。なお、右八月二七日の三〇万円は大同物産株式会社名義で被控訴人に送金されたものではあるものの(乙三)、右会社は控訴人が経営していた会社であるから(控訴人本人)、控訴人が支払ったとの右認定を妨げない。

そして、また、平成三年九月一〇日の三〇万円は控訴人ではなく坂井が支払ったこと(乙一)、平成五年一二月一六日の四〇万は控訴人が建物一及び二の未払賃料分として支払ったものであることが認められるほか(乙五、控訴人本人、被控訴人本人)、被控訴人は、坂井から右のほか、右貸金につき三六〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないところ、これらは平成三年一〇月二二日に三〇万円、同年一二月四日に二〇〇万円、同月一九日に九〇万円、同月二八日に四〇万円として支払を受けたことが認められる(乙五)。

そうすると、これらを利息制限法の制限利息を超える支払部分を元本に充当して計算すると、平成四年一一月一八日の控訴人の六五〇万円の支払をもって過払いとなり、過払金は金九三万九四三六円である。

以上によれば、被控訴人は、控訴人に対し、不当利得として九三万九四三六円の返還義務があるところ、控訴人がその主張の相殺の意思表示をしたことは被控訴人において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなすべきである。そうすると、被控訴人の請求する賃料ないし賃料相当損害金は、その当初の分から順次右不当利得返還債務額に満つるまでの分(平成五年八月二一日から平成六年四月二〇日までの八か月分八八万円と同月二一日から同年五月六日までの分五万九四三六円)がその発生時に遡って相殺により消滅したものというべきであり、控訴人の抗弁は右の限度で理由がある。

二  乙事件について

控訴人が乙事件の訴えにおいて訴訟物として主張する債権のうち三四三万六五一八円は、右訴え提起以前に甲事件につき相殺の抗弁の自働債権として主張したものと同一の債権であることは、本件記録上明らかである。

このように既に相殺の抗弁の自働債権として主張した債権につき、別訴をもってこれを行使することは、民事訴訟法二三一条の趣旨に照らし許されないものと解すべきである。すなわち、相殺の抗弁の自働債権の存否についての判断については既判力が生ずるのであるから、これについて別訴を許すことは、裁判所の判断の矛盾抵触を招くおそれがあり、訴訟経済にも反するから、許されないものというべきであり、右二つの訴訟の弁論が併合されている場合についても、将来において両訴訟の弁論が分離されることがあり得ないといえない以上、別異に解すべき理由はない(本件の事案とは逆に、債権行使のための訴えを提起したのち、別訴において当該債権を相殺の自働債権として主張することができないことにつき最高裁平成三年一二月一七日判決・民集四五巻九号一四三五頁参照。)。

もっとも、相殺の抗弁はいわゆる仮定抗弁として主張されることが多いことからすれば、これとは別に自働債権の実現を図るための訴訟を認めることについてある程度実際上の要請が存することは否定できないが、仮定抗弁にせよ相殺の主張をしている限り、その自働債権についてはいわゆる裁判上の催告がなされているものとみることができ、その訴訟の係属中は消滅時効期間は進行しないものと解すべきであるから、右のように解しても当該債権者に著しい不利益を及ぼすことにはならない。

したがって、乙事件に関する控訴人の訴えは、前記三四三万六五一八円の支払いを求める限度では不適法というべきである。また、右訴えに係る請求中その余の部分が理由がないことは、甲事件について判示したところから明らかである。

三  結論

以上によれば、甲事件の被控訴人の請求は建物一及び建物二の明渡しと右各建物についての平成六年五月七日以降右建物明渡しまでの賃料ないし賃料相当損害金の支払を求める限度で理由があるものとして認容し、その余を棄却すべきであり、乙事件の控訴人の請求に係る訴えのうち甲事件で相殺の自働債権として主張された三四三万六五一八円の支払いを求める請求に係る部分は不適法であり、その余の部分は失当である。

よって、原判決中甲事件に関する部分を右のとおり変更し、乙事件に関する部分を取り消して同事件に係る控訴人の請求のうち三四三万六五一八円の支払請求についての訴えを却下し、その余の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 鬼頭季郎 裁判官 三村晶子)

別紙物件目録〈省略〉

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